「うちのテナント、賃上げの余地ありますか?」──+10万円と+1万円、2つの交渉現場の話

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「テナントって、住宅と違って事業用だから、家賃ガンガン上げられるんですよね?」

うーん、半分正解で、半分間違いです。

正直に言うと、契約期間中の賃上げに双方合意が必要なのは、住宅もテナントも変わらないんですよ。借地借家法の世界では、住宅もテナントも基本ルールは同じ。管理会社が前に出て交渉できないのも同じです(このへん、住宅編で詳しく書きました)。

でも、「使える材料」と「相手の事情」が、住宅とは結構違うんです。

今日は、僕が実際に動いたテナント賃上げの事例を2つ紹介します。同じ「賃上げ成功」でも、中身は全然違うんですよ。

ちなみに、この記事は「良い管理会社を見極める10の質問」シリーズの番外編です。シリーズ全体はこちら👉 良い管理会社を見極める10の質問|現役社員が教えるチェックリスト


前提:双方合意が必要なのは、住宅もテナントも同じ

最初に、フェアに前提だけ確認させてください。

「事業用なら大家が強い」みたいなイメージあるかもしれないんですけど、借地借家法では住宅もテナントも基本同じ枠組みです。契約期間中に「家賃上げます!」と一方的に通告しても、借主さんが「嫌です」と言えば、基本的に上げられません。

そして、管理会社が前のめりに交渉するのは非弁行為になる可能性があるので、立ち位置はあくまで「オーナーさんの意向を借主さんに伝える伝書鳩」です。これも住宅と同じ。

このへん詳しくは住宅編をどうぞ👉 「賃上げしてもらえますか?」──”家賃は下がるもの”って、誰が決めたんですか?

ここまでが大前提。

じゃあ、テナント特有の「使える材料」って何なのか。事例で見ていきましょう。


事例①:賃料+10万円の成功──「タイミング」が全てだった話

ある雑居ビルの一室に入っていた、ラウンジのテナント事例です。

状況:

  • 元々、他の階のテナントと比べてかなり安い賃料で貸していた
  • このテナントが入った後、他の階で空きが出たときは、もっと高い賃料でテナントが決まっていた
  • 風営法の許可を取って営業している業態

このオーナーさん、ずっと「あそこ、もっと取れるはずなんだけどな」と思っていたんですよ。でも、契約期間中だし、双方合意が必要だから、こっちから言い出すきっかけがなかった。

そんな時、借主さんから「経営者が変わるので、名義変更をお願いしたい」っていう連絡が入ったんです。

名義変更=実質的に新規契約を巻くタイミング

ここでポイントなんですけど、テナントの名義変更って、実質的には新しい名義人で審査をやり直して、新しい契約書を巻くことなんですよ。

つまり、形式的には「変更」なんですけど、実態は「新規契約と同じ」。

ということは、契約条件を見直す絶好のタイミングなんです。

オーナーが強気に出られた背景

このタイミングでオーナーさんと相談して、賃上げを打診することにしました。

オーナーさんが強気に出られた背景は、こんな感じです。

  • 直近で他の区画が空いた時、すぐ次のテナントが決まっていた
  • 同じビルの他テナントは、今のラウンジより高い賃料で入っている
  • つまり、「相場で出し直しても十分決まる」という見通しがあった

借主さん側の事情も、こちらに有利でした。

  • 風営法の許可を取った店舗なので、移転すると新しい場所で取り直しが必要
  • テナントの内装って、住宅と違ってかなりお金がかかるんですよ。スケルトン渡しの物件だと、内装に数百万から下手したら一千万円規模かかる
  • せっかく作った内装を捨てて、新しい場所でまたゼロから作るって、相当なコスト

つまり借主さんとしても、「移転するくらいなら、賃上げに応じた方が安い」という経済合理性があったんです。

結果:2区画それぞれ+5万円、トータル+10万円

最終的に、借りていた2区画それぞれで+5万円ずつ、トータル+10万円の賃上げで合意しました。

これ、なぜスムーズに行ったか、整理すると:

  1. 名義変更というタイミングを見逃さなかった
  2. 客観的な賃料根拠(他階の事例)があった
  3. 借主さんの移転コスト(内装・許認可)を理解していた
  4. オーナーが強気に出られる土台ができていた

このどれか一つでも欠けていたら、ここまで上げられなかったと思います。


事例②:賃料+1万円の妥協──交渉の鉄則を外した話

もう一つの事例。同じ賃貸マンションの1階路面店、物販店舗のテナントの話です。

状況:

  • 元々、1階路面店の割には坪単価を安く貸していた
  • 周辺相場が最近、明らかに値上がりしていた
  • でも、コロナ以降、借主さんの経営はかなりギリギリだった

オーナーさんから「賃料を10%くらい上げてほしい」という相談を受けて、動き始めました。

交渉の鉄則:希望額より高めに提示する

ここで、僕が痛感したことなんですけど。

どんな交渉にも言える鉄則は、「着地させたい金額より高めに提示して、話し合いの中で妥協点を探る」なんですよ。

たとえば+2万円で着地させたいなら、最初は+3万円で提示する。そこから話し合って、「じゃあ+2万円で」と妥協する。これが交渉の基本です。

ところが、このオーナーさん、最初から自分の希望額を提示してしまったんですね。

「+2万円でお願いしたい」と。

これだと、交渉の余地がなくなるんです。借主さんからしたら「+2万円が上限ですよね?じゃあ、それ以下で交渉したい」となる。下げる方向にしか動かないんですよ。

借主さんは交渉に応じる姿勢を見せてくれた

それでも、借主さんは比較的フェアな対応をしてくれました。

  • 周辺相場が上がっていることは、借主さんも理解していた
  • コロナで経営は厳しいけど、「1万円くらいならなんとか…」という姿勢を見せてくれた
  • 2回ほど面談を重ねて、最終的に+1万円で合意

オーナーさんの希望額の半額。これが妥協点でした。

もしオーナーが「もっと粘れ」と言ってきたら?

正直に言うと、もしオーナーさんが「いやいや、+2万円まで取ってきてよ」と粘ってきたら、僕はこう返すつもりでした。

「これ以上の交渉は、弁護士に依頼してください」

冒頭でも書いた通り、管理会社が前に出すぎると非弁行為になります。借主さんが+1万円の譲歩を見せてくれた時点で、それ以上を管理会社が押すのは、領分を超えるんですよ。

「弁護士に投げる」って、なんか冷たく聞こえるかもしれないんですけど、これがフェアな線引きなんです。


2つの事例から見える、テナント賃上げの本質

ここまで読んでくれた方、なんとなく分かってきたかもしれません。

事例①と②、どちらも「賃上げ成功」ではあるんですけど、中身は全然違うんですよ。

事例①(ラウンジ)事例②(物販店舗)
結果+10万円+1万円
タイミング名義変更(向こうから来た)オーナーからの強い要望
客観的根拠他階の成約事例周辺相場の上昇
借主の事情移転コストが高い、経営も安定経営はコロナで厳しい
交渉戦略タイミングを活かす希望額提示でやや失敗

つまり、テナント賃上げの成否は「相手の事情を読めるか」と「タイミングを見極められるか」で決まるんです。

そして、これって管理会社が普段から、テナントさんの状況を見ているかどうかに直結するんですよ。


管理会社の腕が出るポイント

最後に、テナント賃上げで管理会社の腕が出るポイントをまとめておきます。

① 客観的な数字を持っているか

テナント賃上げの根拠は、周辺相場・同建物の他テナント賃料・路線価の動き、こういう客観的な数字です。

これを普段から押さえている管理会社なら、賃上げの土台が作れる。逆に「なんとなく上がってる気がする」レベルだと、借主さんを納得させる材料がないんですよ。

② タイミングを見極められるか

「名義変更」「契約更新」「内装変更の相談」みたいな、借主さんから何かしらの依頼が来た時は、賃上げを切り出すチャンスのことが多いです。

このタイミングを逃さない嗅覚があるかどうか。

③ 交渉の鉄則を理解しているか

希望額より高めに提示して、妥協点を探る。これ、シンプルなんですけど、できてない管理会社・オーナーが意外と多いです。

「正直に希望額を伝えれば通る」という発想だと、事例②のように半額で着地することになります。

④ 領分を超えないか

管理会社の立ち位置は、あくまで「オーナーの意思を伝える係」です。

借主さんとの関係を壊しかねないレベルの強硬な交渉は、弁護士の領域。「ここから先は弁護士です」と引き際を判断できるか、これも管理会社の良し悪しを分けます。

⑤ 賃上げ後の関係を保てるか

ちなみに、どちらの事例も交渉後に関係が悪化することはなかったです。

そもそもテナントって、トラブルでもない限り、住宅と違って密に連絡を取り合う機会が少ないんですよ。月々の振り込みが滞らなければ、それで十分。

賃上げ後も賃料の振り込みは普通に続いてるし、こちらから余計な接触をしないことが、結果的に良好な関係維持につながってます。


まとめ:テナント賃上げは「読み」と「タイミング」の世界

テナントだから家賃を簡単に上げられる、というのは誤解です。双方合意が必要なのは住宅もテナントも変わりません

でも、テナントには住宅にはない要素があります。

  • 名義変更や契約更新といった「タイミング」
  • 内装・許認可など「移転コストの高さ」
  • 同建物・周辺相場といった「客観的な数字の比較しやすさ」
  • 「事業者同士の交渉」というロジック

これらを読み解けるかどうかが、テナント賃上げの成否を分けます。

そして、これを読み解けるのは、普段からテナントさんと建物の状況を見ている管理会社だけなんですよ。

毎月の家賃が振り込まれるだけで、何年も賃料を見直していないテナント物件があるなら、一度こう聞いてみてください。

「うちのテナント、賃上げの余地ありますか?」

そこで返ってくる答えで、その管理会社が普段からテナントを見ているか、ただ預かってるだけかが分かりますよ。


そんな冷静な目線、知ってるだけで損しないんです。


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この記事を書いた人

不動産業界歴約15年。仲介8年→現在は賃貸管理・リーシングがメイン。古い物件をリフォームで蘇らせて賃料アップを狙うのが一番の生きがい。
管理の現場で「オーナーさん、それ知らないと損してますよ…」な場面に遭遇しすぎて、このブログを始めました。
保有資格
宅建士/二級建築士/賃貸不動産経営管理士/賃貸住宅メンテナンス主任者/消防設備点検資格者/管理業務主任者

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